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2017年11月7日火曜日

とよま町 明治村 と 隈研吾デザインの能楽堂

宮城県とよま町です。
北上川沿いの小さな街です。
ここに明治村があり、当時の商家が残っています。観光客は少ないですが、全く居ないと言うわけではなく、多少は知られた土地のようです。この地は、街よりも鰻の方が有名かもしれません。
北上川(とよまでの流れ)
とよまの鰻屋(東海亭)

最初に、旧小学校が残っているのでそこに伺いました。私が通っていた小学校は、木造板張りでしたので、この小学校と一緒です。違いは、コの字型に設計されている点です。中庭を囲むように作られています。もうひとつの違いは、中庭に井戸が有ることです。わたしの通った学校には井戸がはありませんでした❗    
趣のある建物です。
小学校(この建物の裏に現在の小学校が隣接してます)
井戸の跡がありました
次に伺ったのは、商家を用いたカフェです。抹茶や和菓子、コーヒーや紅茶もあります。中は自由に見学できますので、二階に上がって見ました。雨が急に降りだし、しばらく雨宿りです。時間がゆっくり流れているようです。抹茶と練りきりの和菓子をいただきながら。
商家カフェ

東京オリンピック競技場をデザインされる隈研吾さんがデザインした能楽堂です。隈研吾さんは、これまでにもたくさんのデザインをされている世界的建築家ですが、この小さな町の能楽堂をデザインされたのに驚きでしたので。伺ってみると、とよまの能は、伊達藩のお墨付きで毎年一度だけ舞われるもので、大変貴重な能であることを知りました❗隈研吾さんがデザインされたのも納得です。
一度ここの薪能を観てみたいものです。毎年8月から予約を受け付けるようです。

隈研吾さんデザインの能楽堂
能舞台
今年の案内

2017年5月3日水曜日

弘前 武家屋敷 

弘前市で公開されている武家屋敷に・・・。

弘前市の弘前城の北側の仲町地区には、藩政時代に建築された武家住宅が保存公開されていました。旧伊東家住宅・旧梅田家住宅・旧笹森家住宅に伺いました。もう一軒の旧岩田家住宅は少し離れているので今回はパスです。元々この地に建っていたわけではなく、移築・復元して公開しているそうです。

一番の驚きは、3邸ともに管理人の方がおられたことです。中に入ると、管理の方がそこで執事をされており、そこにお邪魔するという形です。すぐに色々と質問できるので、これはありがたいです。でも、人件費が大変だなと思いました。
各邸で、管理人の方に色々と伺いました。

伊東家は、藩医を務めた伊東家の居宅で、約200年前の19世紀初期に市内元長町に建てられたもので、その後、移築・復元工事を行ったそうです。管理人の方曰く、「石高100石前後の武士の居宅によく似た構造です。」とのことでした。
居間には薬研があり、物置には長持ちがありました。
伊東家 居間
長持ちはたたみ1畳ほどの大きさ
梅田家は、約160年前の江戸時代末期、嘉永年間に建てられた武士の住宅で、茅葺屋根でした。中二階があり、物置になっています。
梅田家 門
梅田家 茅葺屋根
笹森家は、建築年代が江戸時代中期で、同保存地区内で現存する最古の武家住宅だそうです。座敷やその他の間取りが建築当初から変わらず、部材も当初からのものが多く残っているそうです。中・下級武家住宅だそうです。

笹森家 門
笹森家 床の間
ついでに 弘前城 松と桜

2017年3月20日月曜日

平泉 中尊寺金色堂 毛越寺 他

初平泉です。
小学生のころから知っている平泉ですが、訪れる機会がありませんでした。学生時代から日本全国を巡り、会社に入ってからも全国出張で色々なところに行きました。足を踏み入れたことない都道府県は無いのですが、市町村となると沢山あります。余りにも有名過ぎて行けていない代表が、奥州平泉、出雲大社、紀州熊野でしょうか。
今回、平泉にとうとう伺うことになった理由は、この地にあるそば店、「地水庵」を訪れるためでした。しかし、折角この地を訪れるので、観れる処はできるだけ訪ねてみようということになりました。小さな町ですし、Mapで確認すると歩いて回れそうな距離ですので、徒歩で回る計画に。

回る順番は、毛越寺から始まり、金色堂が最後という順番で時間の許す限りに回るという計画です。
毛越寺に着き参観料を支払い境内へ。毛越寺の説明書きを読むと、殆どの建物は火事で焼けてしまっています。毛越寺に限ったことではなく、中尊寺も殆どは火事で焼けています。金色堂だけが火から逃れているということです。毛越寺や中尊寺の立地を考えると、自然発火で火事になるとは思えませんでした。平泉の全てのものが焼かれたしまったと捉えるほうが良いのではないかと、最初の毛越寺で感じました。
毛越寺には、建屋は何も残っていなません。「こんな建物がここにありました。」という説明は、想像を掻き立て面白いなと感じました。池や、水遣りが残っていて、水遣りでの歌会や水上の舞台などはTVの時代ドラマで見たような記憶がありますが、こんな舞台なんだと認識を新たにしました。想像していたより小さな敷地内に色々なものが立てられ、そこで、当時は色々な催しが開かれていたのだと思います。
毛越寺出島とその先の金鶏山
毛越寺から平泉駅に戻り南下します。駅から数分のところに無量光院跡があります。これは、京都の平等院を模した建物であったそうです。Wikipediaでは、「奥州藤原氏は、初代清衡が中尊寺、二代基衡が毛越寺を造営した。そして三代秀衡が建立したのが無量光院である」とのことです。ここは、ただの広場のようで、そこに想像図があります。平等院は知っているので、想像はできます。

また南下すると、義経堂があります。義経最後の地ということで、小さなお堂があります。NHKの大河ドラマで取り上げられた時は多くの観光客が訪れたそうです。私が伺った時には、他には誰も居ませんでした。ここは高台にあり、眼下には平泉の地形がよくわかる案内があります。その通りで、川と山の位置が自然の要塞のようになっているのが理解できました。

南下を続けると、中尊寺入口に到着します。思ったより時間はかかりません。やはり近いです。近距離に様々なものが点在しています。平泉が栄えた藤原氏の時代は、勿論、徒歩での往来が主ですので、この距離感はよく理解できます。やはり、歩いて回ってみて良かったです。距離感が掴めたように思います。

すでに訪問された方はご存じでしょうが、中尊寺の入り口から金色堂までの前半は、急な坂が続きます。年配の方も登っていますので何とか登れるのですが、結構きつい坂でした。
この参道の左右には様々な神々が祭られたお堂が点在します。また、所々に茶店があり、お休み処も完備されています。ゆっくりとお堂を参拝し、茶店で休みながら上へ登るのが良いのでしょうね。
登り切った最後に金色堂がありました。
金色堂は撮影禁止です。中に入ると、音声が金色堂のガイダンスを伝えてくれます。藤原氏4代が眠るお堂は、全てが金箔で覆われています。木製の屋根が金箔でないのがリアルです。
これは凄い建物ですし、中の阿弥陀如来坐像も凄いです。ガイダンスを流すのではなく、経を流したほうがよほど良いと感じます。中尊寺は経も有名です。写経されたものが堂に祭られています。藤原氏の繁栄が、仏教に支えられていたのだということがよくわかる、平泉の町です。それにしても、金色堂が焼けずに現在残っているというのは、奇跡なのでしょう。その軌跡を生んだのも、ここに住む住人が焼けないような努力をされてきたからなのだろうなと思いを馳せました。
皆さんはすでに行っているのだと思います。私はやっと行くことができました。金色堂は心洗われる建物と仏像でした。訪れて良かったと思います。

帰り際にまっすぐ帰ろうと足を進めたのですが、ふと一軒の茶店に気を引かれて、少し戻って店に入りました。目的は無かったのですが、ほんのちょっと気になったというのが正直なところです。折角寄りましたので、何か記念になるものをと思い茶店に入ると、石を掘った一文字の印章がありました。最近水彩画を始めた私は、描いた絵にサインに加えて落款(サインと落款は同義語ですが、ここでは、サインは横文字の自署を、落款は印章を意味します。念のため。)と思って探していました。ここでそれが見つかったのは、何かの縁と思い一文字購入しました。「一期匠(Ichigosho)」がペンネームですが、匠(ショウ)は本名の音「勝(カツ、ショウ)」の音が一緒なので使用しています。本名の「勝」の文字を選びました。水彩画は「札幌そばリサーチラボ(一期匠)」のインスタグラムやツイッターで掲載します。

2015年10月12日月曜日

食べ歩き(59) 割烹旅館二葉 埼玉県小川町

大学同好会の同級生と後輩とのゴルフの打ち上げで、埼玉県比企郡小川町の老舗割烹旅館二葉に行きました。二葉には、国登録有形文化財の離れ「御厨庵」があり、有名な割烹旅館です。

小川町と言えば、最近脚光を浴びた、ユネスコの重要指定文化財の細川紙(和紙)の町です。また山岡鉄舟ともゆかりのある所です。
本日提供されたのは!大皿料理。
10人前が1皿にて盛られているので、豪快でした。各品は、しっかりした味で、美味しかったです。最後の〆めが、名代料理の「忠七めし」です。山岡鉄舟との関わりで生れたとお店の社長さんに伺いましたけど、具体的な関係を聞くのを忘れました。忠七めしは、「日本五代名飯」の一つだそうです。五大名飯とは、昭和14年に宮内庁の全国郷土料理調査において日本の代表的な郷土料理として選ばれたもので、次の料理を指します。サヨリめし(岐阜県)、深川めし(東京都・江東区深川)、うずめめし(島根県・津和野町)、忠七めし(埼玉県・小川町)、かやくめし(大阪・難波)です。

忠七めしは、ご飯に浅草海苔がまぶしてあり、そのままでは、ただの海苔まぶしご飯です。これに、秘伝の出汁をかけて、お茶漬けのように食します。出汁の味が決め手でした。また、トッピングするのは、柚子、ワサビ、葱です。鹿児島の鶏飯(けいはん)も同じ発想の料理だと思いました。どちらが古いのかは不明です。

<メニュー>
お通し(ホタルイカ沖漬、かずのこ)
大皿料理
 お造り(鯛、他)
 豚しゃぶ
 唐揚げ
 鰻と卵焼
 里芋の煮物
 ホタテグラタン
忠七めし

<カロリー>
約1,222kcal

<評価>
①美味しい℃ ;☆
②安全℃    ;☆
③コスパ℃   ;☆
④また行く℃  ;☆
?:判定不能
□:少し残念かな
△:普通
☆:少し良いかな
☆☆:高い価値だ
☆☆☆:最高の価値だ

国登録有形文化財の離れ「御厨庵」
忠七めし
大皿料理(お造り)
大皿料理(煮物)
大皿料理(鰻と卵焼)
大皿料理(お通し;ホタルイカ沖漬、かずのこ)
大皿料理(豚しゃぶ)

2015年8月27日木曜日

山形県 酒田市 文化と食の旅

北前船で栄えた酒田に着きました。

本間家別邸から庭を眺める
酒田市と言えば、本間家です。豪商中の豪商で、上杉藩に深く関わる名家です。現在も、本間家の旧家や美術館があり、酒田市では中心的な役割をされています。今日は、本間美術館に伺いました。元々本間家の別邸が有ったところに併設された美術館で、「文」をテーマに企画展が開催されていました。戦国時代から江戸までの本間家所蔵の手紙や、本等が展示されています。そんな中、伊藤若冲の「葡萄に鶏図」の掛け軸が目を引きました。また、上杉謙信の軍配団扇にはビックリです。別邸も見学でき、部屋からの庭園がきれいです。

土門拳写真記念館
酒田訪問目的は二つありました。その一つは、土門拳写真記念館です。40年前の中学生のころに写真に興味を持ち、しばらく趣味で写真を撮りましたが、その後の長い間遠ざかっています。しかし、土門拳の記念館が酒田にできたことは知っていたので、一度は行ってみたいと常々思っていました。土門記念館は、土門拳が自身の作品すべてを酒田市に寄贈し、それを受けた酒田市が記念館を造り展示しているということを知りました。建物のデザインは素晴らしく、展示品もすごい物ばかりでした。この記念館にはイサムノグチを初め、勅使河原宏や草野新平、亀倉雄策等がそれぞれ寄贈されています。
訪問時は、戦後70年特別企画で昭和を回顧する展示が行われており、初期の作品を中心に、もがいている様が見て取れるような作品群でした。「肉眼でも見えないものが見える」というコピーにドッキリです。本当に、写真でしか表現できないものを改めて感じさせられます。写真の魅力のシャワーをいっぱい浴びました。見かけた来場者は、学生、若い方、若いカップル等が多いのに驚きました。
また、カメラを構えてみたいなという気持ちにさせられる、土門拳写真記念館でした。


もう一つの目的は、美味しい物ツアーです。酒田の夏と言えば、玉勘の鰻岩牡蠣です。
東北で鰻と言えば、酒田の玉勘登米の東海亭です。先日、東海亭には行ったばかりですので、比較検討のためにもできるだけ早く玉勘に行きたいと思っていたところで機会を得ました。玉勘は江戸風、東海亭は関西風で、鰻のかば焼きの造りが異なるので、どちらが良いのか確認したくてたまりませんでした。
玉勘の特うな重をオーダーし、待つこと30分くらいでした。1匹と1/4の鰻が乗った重箱が届きました。色、艶、焼き色とも申し分ありません。食感は、蒸しているのにしっかりとしていて、柔らかいけど弾力もある身が厚い鰻で、皮もしっかりしています。味は、甘みと辛みが程よく、飽きないたれの味です。これは、美味しいです。
鰻の質、焼き具合ともに玉勘の方が上です。また、お値段も安いです。芳ばしさに関しては、東海亭です。かば焼きのたれの味は、東海亭の方が少しだけ薄味で、玉勘の方が少しだけ濃い味ですが、どちらも甘みと辛みのバランスは同様で美味しいです。
特鰻重
肝焼き(奥) レバー焼(手前)
玉勘のもう一つのお勧めは、卵焼きです。これも丁寧に作られていて、2-3mmの薄焼きを焦がさずに重ねるように作られています。重ね枚数は8枚でした。味は、甘すぎない味で、だしは表に出ない程度のきかせ方です。絶妙です。お代わりをお願いしたのですが、2つ目は、厚さが薄く、縦横が長い物でした。時間が時間で、一人分を焼いてくれたためだと思います。こちらは、少しだけ中に焦げ目がある卵焼きですが、味と柔らかさは一緒でした。
卵焼きは8層
もう一つのグルメである、岩牡蠣を目指して、港の方へ歩いていきました。港のそばにお店が二店舗あり、一店はお休みだったので、必然的にもう一方のお店に入ります。
岩牡蠣が沢山積んであります。岩牡蠣の「大」が1個500円と書いており、少し高いなと思いながらも、折角ここまで来たので2個その場で剥いてもらいました。
牡蠣がデカイです。鳥海山の水が海にそそぎ、その水で育つ岩牡蠣で、山形県では酒田地区、秋田県では象潟地区での名物です。本場での、本物の岩牡蠣は初めてなので(他の都市で岩牡蠣をいただいたことはありますが、この地域のものかは分からないので)、期待をもって口に運びました。自然の塩味の後に、クリーミーは牡蠣の味が広がります。これは、美味です。他の牡蠣との違いは、クリーミーさの加減が異なるということでしょうか。この牡蠣を食べると、普通の牡蠣は何だったのだろうという気持ちになります。2個頂き、席を立とうと思いましたが、もう一度味わいたくなり、これもお代わりです。4個頂きました。「少し高いけど、その価値がある。」と、散財の言い訳を呟き、店を出ました。
玉勘の鰻と卵焼き、岩牡蠣と、こんな贅沢はありません。大満足です。この地域に住んでいる方々がうらやましいです。冬の大変な生活を考えると、簡単に定住できるところではありませんが。
大きな岩牡蠣
山居倉庫(さんきょそうこ)を訪れる。
土門拳記念館からバスに乗り、山居倉庫前で降車し、様々なポスターで良く見かける山居倉庫に寄りました。現在も現役で活躍している倉庫です。ああ、この景色見覚えあるという景色です。吉永小百合さんのポスターや、古くはおしんの舞台になったそうです。(私はおしんを見たことが無いので分かりません。吉永小百合さんのポスターは見かけてます。)
山居倉庫(裏側)
山居倉庫(表側)
山居倉庫で、酒田のお菓子屋さんの代表作が沢山売られていました。山居倉庫の店員の方に伺い、酒田のお菓子屋さんの情報を得ました。ここから駅まで歩いて帰る途中で、いくつかのお菓子屋さんを回りながら、酒田銘菓をゲットしようと歩き出しました。
1件目は、最も古くからある和菓子屋さんで、「小松屋」です。呉竹最中(青海苔風味の最中)を購入。持ち帰る途中でつぶれてしまい、このような無残な姿になってしまいました。お菓子とお店に申し訳ない。この最中は、確かに青海苔の風味でした。
つぶれた 呉竹最中
2件目は菊地菓子舗です。最初は、ここは素通りと思っていたのですが、前を通ると「小豆水」と張り紙がありました。小豆の「水(みず)」とは、何者か?と興味が湧き、思わず店の中へ。店員さんが気さくな方で、それは「氷(こおり)」です。「あずきごおり」ですよ。どこにでもあると言えば、どこにでもある「あずきごおり」で1個90円です。と言って冷凍庫を見せてくれました。確かに、カップ入りの小豆味の氷でした。思わず、1個買ってしまいました。その他に、ずんだ餡の饅頭、田舎饅頭、塩味どら焼きを1個ずつ購入しました。
これが、あずき「みず」だった

最後にもう一店、菊地菓子舗にほど近い、栗原甘泉堂にも寄りました。おじさんが一人で店番をしており、注文後に作る「みたらしだんごの黄粉と黒糖あえ」が名物のようです。これは持ち帰りが大変そうなので、美味しそうな色合いのどら焼きときんつばを購入しました。
栗原さんちのどらやき&きんつば
この店のクリームパンが美味しいですという情報があった、最も行ってみたかった木村屋(銀座木村屋の暖簾分け店だそうです)は、定休日でした。木村屋のクリームパンがゲットできなかったのが、唯一の心残りでした。もし、次回がある場合は、クリームパンゲットを目指します。

2015年8月25日火曜日

秋田県 小京都 角館 武家屋敷とスイーツの旅


27年ぶりに、秋田県仙北市角館に行きました。
昔から、小京都と言われ、武家屋敷跡と桜で有名な観光地です。
武家屋敷跡は、きれいに整備され、また、それ以外の市街地も以前に比べ、きれいな街並みになっていました。
後藤福進堂




最初に、昔からあるお菓子屋さんの後藤福進堂に直行しました。ここの金柑饅頭は美味しいです。無くなり次第終了ですが、無事にゲットしました。真っ白な小さな饅頭です。中には、金柑とそれを包む白餡が入り、金柑の独特の甘酸っぱさと、白餡のほのかな甘みが大変美味しい饅頭です。果物と餡を包んだ饅頭や大福は、今では良くある構図ですが、ここのは古いです。昔からこんな組み合わせがあったのですね。
1個100円は安い。お薦めです。
ついでに、鹿の子羊羹と桜の花の塩漬けもGOTです。一緒に頂くと格別です。




武家屋敷
西宮家

その後、昔ながらの武家屋敷と、しだれ桜(もちろん咲いてはいない)を見学しました。この辺りは、変わっていませんでした。変わっていないことが、すごいことだと思います。







続いて、皆で果物屋さんのさかい屋に行き、名物のフルーツパフェを頂きました。
桃のパフェと、シャインマスカットのパフェです。
でかい、果物たくさん、しかし、安い。
銀座千疋屋で食べるとピーチパフェが●,○●○円(2,160円)するけど、と思いながら、あっというまにいただきました。
今日は、宮崎産マンゴの入荷が無く、宮崎産マンゴパフェにありつけなかったのが、心残りであります。
でも安いです、モモはフレッシュ桃が一番下と上に沢山乗り650円です。




もう一軒、どうしても行きたいお菓子屋さんがあり訪問です。プチフレーズです。
桜の並木道として有名な桧木内川(ひのきないがわ)を一望できる場所にあるお店です。
佐竹候が丹波(京都)、美濃養老(岐阜)地方からの種子を導入し、300年ほど前から栽培されたのが始まりと言われていて、日本一大きな栗である西明寺栗を扱うお店で、量り売りの栗パイとモンブランが有名です。
栗パイは一番大きなの(消費税抜き980円/1個)をGOTしました。お土産です。
モンブランはお土産にできないので、Coffeeとともにいただきました。



安藤醸造 蔵の座敷の襖
その後も、町をぶらぶらして安藤醸造に伺いました。ここは、元々豪商の醸造で、座敷蔵もあるお店です。この蔵は公開されています(写真は蔵の内部です)。

そば打ちとして、美味しいかえしを作ることも重要です。
今までは、北海道の有機栽培の醤油を使ってかえし造りをしてきました。しかし、もっと良い醤油があると良いなと考えていました。北海道の醸造の歴史は浅く、良い材料はありますが、それを活かしきれていないと思っていたからです。
今日、安藤醸造に伺い、色々と勉強させていただき、それを痛感しました。
安藤醸造 蔵の座敷
安藤醸造の醤油はすごいです。いろんな種類の今時の商品を沢山開発して販売しています。しかし、そもそもの醤油の追及も大変なもので、「生醤油(混ぜ物なしでもろみから搾ったそのままの生揚を火入れして出荷)」、「家伝醤油(3年熟成で再仕込し火入れしてアルコール調整)」をはじめ、「二年物生搾り生醤油(2年物生醤油の無調整粗搾りで火入れなし)」、「十年さいしこみ生搾りイ号醤油(再仕込を数回繰り返し、元の醤油は10年以上前の仕込みで火入れなし)」などは絶品です。4種類共に全く異なる醤油です。しかし、それぞれ高価ではありますが、美味しい醤油です。
そばのかえしには、「生醤油」が合うかもしれません。一度使ってかえしを造りたいと思いました。「十年さいしこみ」は、白身の刺身に合いそうです。「二年物」や「家伝」は、卵焼きに使ったら(使うのが勿体ないと思いますが)、最高でしょうね。
全てをGETしようと考えましたが、冷蔵保存なので持ち帰りできないため郵送をお願いしようと思ったら、お店自体が年に数回数日間札幌に店を開くということを教えていただきました。次回が10月初旬ということで、札幌で購入できることが分かり、札幌での再会をお約束しました。楽しみです。
ついでに、みそも種類が沢山ありますが、美味しいです。味噌がみその味をしています(変な表現ですが)。
ついでのついでに、しょっつるもありました。通常、秋田でショッツルといえばハタハタですが、ここのはイワナのショッツルでした。これが、魚の臭みが無くいい味です。隠し味に良いものになるのではないかと思います。北海道では、北寄貝魚醤やうに魚醤など豊富ですが、これらはそれぞれの素材の主張のための魚醤です。イワナ魚醤は控えめです、隠しにもってこいです。


ゆかり堂

最後に、角館と言えばかりんとうです。ゆかり堂に寄りました。
ゆかり堂は「落ち葉かりんとう」で有名で、どこでも購入できるかりんとうです。最近は、黒炭、カボチャ、ゴボウやトマトなどの小さなかりんとうも販売してます。この小さなかりんとうは、出先のお店ではまだ見ません。(しかし、Netで購入できます。)
トマトとゴボウを購入してお土産にしました。



27年ぶりの角館を満喫しました。昔からの懐かしい物、新しい物、昔からあるが気が付かづにいたものの再発見と、色々なことがあり、楽しい1日でした。